2016/08/21

秋の味覚、大しゅーかく 四(完)

「お、アソコやっ」

獣道を3分ほど、慎重に歩いたところで、とうかが声をあげる。

「……? えと、どこですか?」
「ほら、アソコやで。アソコ」
「うん~……?」

いつぞやの山登りの時とは逆に、かさねの目線をとうかが背中から誘導する。

「……あ、あの」
「ほらほら、わからんかー?」
「う…………」

無防備なとうかがグイグイと押し付けてくる2つの肉の感触を、背中に感じるかさね。
女同士だと言うのになぜだか照れくさくなってしまっていた。

「とうかちゃんって、いつもそうなんですか……?」
「ん、なにがー?」
「……いえ、なんでもありません」

聞くまでもなく、いつもこうなんだろう……と勝手に結論が出たかさねは、小さく息を吐く。

「ほら、アソコやー。ほら、ほらほらー」
「ちょ……とうかちゃん、押し付けすぎ……」

女だからいいものの、男性が相手だったら変なことになっちゃわないかなぁ……と、心配な気持ちでいっぱいになっていた。

「あ~……もう、アソコアソコって言われてもわかりませんからっ。案内してくださいっ」
「……おぉ、それもそーやな」

とうかが、かさねの肩を動かして、身体の向きを微調整する。

「ん~……よし。こうやな、こう」
「まっすぐ歩けばいいんですか?」
「うんうん、まっすぐや。それでイケるで」
「……いける?」

“見つかる”、ではなく? と、かさねは首をかしげる。
とは言え、とうかの言うことだ。変な言い回しをしても、不思議ではない。

「ま、いいか……」

気を取り直したかさねは、ザッ、ザッと草を踏みながら歩き出す。

「そうそう、まっすぐ! そのままやでー」
「はいはい、まっすぐですね」

とうかの声を背中で聞きながら、5歩、6歩、7歩……と、ゆっくり歩みを進める。
……そして、8歩目を踏み出した瞬間。
ザザッ!

「んんっ!?」

本来、地面があるはずの場所にソレはなく、地中へと左足が飲み込まれていく。
……いや、違う。これは───

「っ……!!」

ドン!!
色々な考えが頭を駆け巡った瞬間、左足が少し大きめに地面を叩いた。

「え? えっ……?」

いったい何があったのか。
急いで足元を見ると、かさねの足の周りには土が盛られており、穴……というか、微妙に低くなった場所へ左足がハマっていた。
その微妙さたるや、わずかにくるぶしが埋まるくらいだ。
明らかに人が掘ったばかりと思われるそれを前に、その正体を考えるかさね。
しかしその前に、犯人が楽しそうに声をあげる。

「やーい、引っかかった引っかかったー。落とし穴、だいせーこーや!」
「…………落とし、穴?」

もう一度、足元を見る。
これが、落とし穴? くるぶし埋まる程度の溝が?
そこまで考えた瞬間、今度はかさねが声を張る。

「な…………なんなんですか、これはああぁぁーーっっ!!!」
「うぇ、怒った!?」
「当たり前です! なにを考えているんですか、とうかちゃんはっ!」
「ご……ごめんな、かさちー。ほら、せっかく大きいシャベル持って来たんやし、何か役に立てなもったいない思て……け、怪我もしてないみたいやし、笑ってゆるしてや。なっ?」
「これが許せるわけありません! とうかちゃんはやる気あるんですかっ!?」
「あ、あるあるっ! その……キノコの生えてる場所ってのは嘘やってんけど、今すぐに───」
「違います! 落とし穴のほうですっ!」
「探して…………って、へ?」

すごい剣幕で怒鳴ったと思ったら、思いもしない怒りのぶつけられ方をされ、またもや混乱させられるとうか。

「こんな穴に何が落ちるっていうんですか!? せいぜいが昆虫くらいですよ! しかもフチもなだらかだから、簡単に抜け出せられます!」
「……お、おう?」
「落とせない落とし穴なんて、何の価値もありません! 落ちない洗剤で何をあらっても、それは無意味でしょう!?」
「せ、せやな……」
「わたしを落とす気があるなら、せめて身体のほとんどが入るくらいに深く掘るのが当然ですよ! 違いますか!?」
「おーてるかも……な?」

さっきよりも大量のハテナを頭に浮かべつつ、とうかはかさねの言葉に相槌を打つ。
とは言うものの、正直かさねの勢いにやられて、言っていることの7割は理解できていなかった。

「ほら、貸してください!」

とうかの持つ、雪かき用の巨大なシャベルを奪い取るかさね。

「えっと……」
「何してるんですか、とうかちゃんも手伝ってください!」
「え? で、でもうち、ソレしかシャベルあらへんのやけど……」
「いっかい戻って取ってくればいいでしょう?」
「……戻って?」
「ほら、早くするっ!!」
「りょ、りょーかーいっ!」

普段は見ることのないかさねの迫力に負けたとうかは、獣道を戻って急いでたまゆらの宿へと向かう。

「よーし、行きますよ……!!」

1人残ったかさねは、グッと腰を落としてシャベルを土に突き刺す。
……そうして数十分後、大きめのシャベルを片手に戻ってきたとうかと共に、広く深く穴を掘り続けるのだった。

***

「ふぅ……こんなものですね」
「えーかんじの力作になったなー」

カラスや、そろそろ季節外れになりつつあるヒグラシの声が聞こえ始めたころ、2人はようやく穴を掘る手を止めた。

「そして最後に、この集めておいた草を被せて……」
「おおぉ……すごいやん! どっからどう見ても、ココに落とし穴があるなんてわからへん!」
「でしょう? わかりましたか、これが落とし穴です。もし誰かが落ちたら、びっくりしてしまってしばらく声も出せないことでしょう」
「せやな、わかるわー……かさちーの顔が出るのがやっとこって深さやもんなぁ」

お互いに、うんうんとうなずきながら、やりきった感慨にふける。

「さて……それじゃあ、遅くなるとみつなさんが心配してしまいますし。そろそろ帰りましょうか?」
「お、そか。もう夕方やもんなー」

どうやら2人は、時間も忘れるほどに熱中してしまっていたらしい。

「あの。ところで、何か忘れている気がするんですが……なんでしたっけ?」
「うん? 別に忘れ物はあらへんけど?」
「そうですよね? ん~~……まぁ、そのうち思い出すでしょう。とりあえず、降りましょうか」

そして、2人仲良く獣道を抜け、見慣れた農道に出る。
かさねが背中のカゴの存在を思い出すのは、宿に到着してからのことだった。
……ちなみに、この日の夕食は、主役のいない野菜鍋になったのは言うまでもない。
(了)
2016/08/14

秋の味覚、大しゅーかく 参

―――そして、約30分後。

「これ、食べられるかな……?」

集合場所に立つかさねのカゴには、誰もが見慣れたいくつかのキノコと、見慣れたような見慣れていないような妖しいキノコが入っていた。

「ま、まぁ、とうかちゃんかみつなさんが選り分けてくれるだろうし、大丈夫……だよ、ね?」

カゴを覗き見ながら、かさねは自分を励ますように言葉を漏らす。

「それにしても……」

顔をあげ、とうかが消えたあたりの方向へ視線を向けるかさね。
約束した時間は過ぎたはずなのだが、誰も来る気配はない。

「飽きて帰った、とか……? う、ううん。さすがにそれはないか」

そうは言っても、とうかのことだ。飽きるよりも前に、かさねと来ていたことを忘れて1人で帰っていたとしても不思議ではない。

「っ…………」

夕食の時間、キノコ鍋を前に『かさちー、どこ行ったんやろー?』と本気で呟いているとうかを想像した途端、猛烈な不安に襲われる。
いくらなんでも、ありえない。しかし、ないとは言い切れない。

「……と、とと、と、とーかちゃーんっ!」

いくらしっかりしていると言っても、まだまだ子供だ。
そんな気持ちに押しつぶされそうになったかさねは、半泣きで走り出した。

***

───更に、3分後。

「…………どないしたん、かさちー?」
「う……な、なん、でも……んぐっ、ない、ですっ……」

とうかを見つけたかさねは、その瞬間、不安を感じていた自分が唐突に恥ずかしくなったらしく。
軽く溢れていた涙やら、ちょっと声を張り上げてしまった事実やら、自然と溢れそうになる笑顔やらを必死にごまかすべく、とうかでさえも訝しむほどに妙な感じになっていた。
……つまり、わかりやすく言うならば、混乱しているのだ。それも、この上なく。

「うん~…………?」
「あ、あんまり見ないでくださいっ!」
「お、おー……」

かさねに負けず劣らず、頭にいっぱいのハテナを浮かべながらも、これ以上なにか聞くのがはばかられたとうかは、黙っておくことにする。

「…………ずずっ、んっ」
「……鼻かめるモンなくて、ごめんな?」
「だから、なんでもないですっ……」
「そ、そか」

なんでもない子がこんなに鼻水垂らしているとしたら、それはおそらくなんでもないわけではなかったか、ヒドい風邪を引いているかの二択だろう。
いや、後者だったとしてもそれは既になんでもないわけではなかったと言えるから、ようは一択だ。

「トラに襲われたん?」
「ぐすっ……だから、いませんっ……ずずっ」
「律儀やな……」

こんな状態でもボケにツッコミを返してくるあたり、もしかしたらかさねは生粋の芸人気質なのかもしれない……とか、くだらないことをとうかは考えていた。

「こりゃ、うちもうかうかしてられへんな」

いったい、何への対抗心なのかよくわからないことになっていたが、とうかにメラメラとやる気が漲っていた。明後日の方向に。

「……あの、とうかちゃん?」
「ん、なにー?」

ようやく落ち着きを取り戻してきたらしいかさねが、何やら考え込んでいるとうかへ声をかける。

「さっきから気になってたんですが……とうかちゃんのカゴ、空っぽじゃありません?」
「む、気づかれてしもーたか」
「気づくもなにも、片手でブンブン振り回していれば、イヤでも気づきますよ……」
「ふっふっふ。コレはなー……と、あかんあかん。な、なんでもあらへんよー、あはは」
「……? はぁ、そうですか」
「それよりな。さっき、キノコがぎょーさん生えてるトコロ見つけたんよ。一緒に行かへん?」
「え、ホントですか?」
「おー、モチや。どないする?」
「当然、行きますっ」
「よっしゃー」

目をキラキラとさせながら、かさねは逆方向へと歩き出したとうかの後を追う。
その言葉に含まれる、小さな矛盾にも気づかないまま。

「くふふふ……」

そして、前を歩くとうかの顔には、まったく似合わない邪悪な笑みが浮かんでいるのだった。