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2016/12/06

秋の味覚、大しゅーかく(みつな編) 壱

キノコ狩りの悲劇から数日後。
この日は、朝から宿の中がバタバタとしていた。

「かさねちゃん、お部屋はお掃除できた?」
「ま、まだちょっと掛かります」
「そう、わかったわ。とかちゃんは?」
「おしっこに行くって言ったっきり帰ってきませんっ」
「……後でお仕置きね」

―――訂正。
正確には、みつなとかさねだけが、忙しなく動いていた。

「片付けは終わったので、あとはゴミ捨てをしてから、掃いて雑巾がけをすれば終わるんですけど……もう時間ですよね?」
「お昼過ぎって言ってたから、まだもうちょっと大丈夫だと思うわ。かさねちゃんはソッチをよろしくね」
「わかりましたっ」
「あっ。あと、とかちゃんを見つけたら、10分くすぐりの刑に処すこと。いい?」
「は、はい……」

『くすぐりの刑』という名前自体は非常にバカバカしくて、ともすればほのぼのとした印象があるが、決して舐めてはいけない。
3分ほど続ければ、全力疾走した後のように呼吸が困難になる、非常に大変な運動なのだ。
しかもそれを、10分も。
みつなの静かな怒りを前に、かさねの背筋を冷たい汗が伝っていった。

「さて……それじゃ、お姉ちゃんはお夕飯の材料を用意してくるわ」
「あ、さっきトミさんが人参と長ネギ、あと白菜を置いていってくださって」
「あらあら、そうなの?」

トミさんとは、ウメさんと同じく、たまゆらの宿の割と近所に住む中年の女性だ。
よく、畑で取れすぎた作物を分けに来てくれるので、こういったことがこれまでも度々あった。

「……って、頂いておいてなんだけれど。この時期に白菜だなんて、珍しい取り合わせね?」
「はい、わたしも驚いたんですが……山向こうに妹さんが住んでるらしくて、そこでは今が旬みたいなんです」

山向こうの集落といえば、この辺りよりもずっと高地になっている関係上、距離としては遠くないのだが、ずいぶんと環境が違うらしい。

「あぁ、あそこは涼しいからね。けど、もう白菜が取れるなんて知らなかったわ」
「お勝手に置いておいたんですけど、使いますか? いらないなら、しまっちゃいますけど」
「ん~、そうねぇ…………あっ、いいわ。そのまま置いておいて」

人参、長ネギ、白菜。
それと、大根が少し残っているはずだ。
これらの組合わせにピンと来たみつなは、かさねに言付ける。

「今夜は4人になるんだし、鍋にしましょ」
「え、鍋……ですか?」

その言葉に、この間の惨劇がかさねの頭を過ぎる。

「だいじょーぶよ、今日はお姉ちゃんが用意するんだから」
「う……ご、ごめんなさい」

例の失態を思い出して、つい謝罪の言葉が口を出てしまう。

「ふふっ、アレはアレで一通り笑えたから許すけど。今夜ばかりはああなるわけにはいかないものね」
「はい……初対面であんなご飯出されたら、すぐ帰りたくなっちゃいます……」
「同感だわ」

喋りながら、出かける準備を整えたみつなは、玄関へ向けて歩き出す。
それを見送るため、かさねも一緒に向かう。

「あ、それでかさねちゃん。もしお姉ちゃんが出ている間に来られたら、お相手してあげてね」
「わ、わかりました……けど、わたしで大丈夫でしょうか?」
「くすっ、安心するといいわ。さくちゃんの手紙には、『頭がおかしいからかさねと仲良くなれるはず』って書いてあったし」
「えぇっ! ど、どういうことですか、それ……遠回しにわたしもおかしいって言ってませんか……?」
「ふふっ、そんなことないと思うわよ」

みつなのその言葉に、嘘はなかった。
なぜなら、とうかも間違いなくおかしい方に分類されるというのに、そんな彼女と仲良くできるかさねには、得体の知れない適性があると考えられるからだ。

「それじゃ、行ってくるわね。多分1~2時間で帰るわ」
「はい、わかりました。行ってらっしゃい、みつなさん」

そしてみつなは、かさねに手を振りながら宿を後にした。

「さぁて、と……」

玄関前に置きっ放しになっているカゴを手に取り、その中にシャベルがあることを確認すると、おもむろに背負って歩き出す。
それは、先日の2人が山へ向かうために辿った道と、そっくり同じだった。

「やっぱり、お姉ちゃんが仇をとらなきゃ……よねっ」

そんなみつなの瞳には、静かに燃え上がる炎が宿っていた。