「う……ん……」
障子の隙間から射し込む光にまぶたを刺されながら、1人の少女が布団から起き上がる。
「ふあぁ…………もう、朝ですか……?」
綺麗に片付けられた8畳間の和室で、ポソリと呟く少女。独り言なのだろう、それに答える声はない。
「ん、ん~~~っ!」
ぐぐーっと伸びをした後に、すっくと起き上がる。
そして、寝起きにも関わらずテキパキと布団を片付け、身支度を始めた。
***
トントンと、野菜を切る小気味良い音を奏でながら、楽しげに料理をする女性の姿があった。
「ふーんふふんふふ~んふ~♪ ……と、あら?」
板張りの廊下を歩く音に気づいたのだろう。女性は一旦手を止めて、彼女が顔を出してくるのを待つ。
「おはようございます、みつなさんっ」
「はい、おはよう……ふふっ」
「? どうしたんですか、笑って?」
「ふふふっ……だってかさねちゃん、その髪……」
「かみ? ……あっ」
服こそはしっかり着ている物の、起きたばかりなせいだろう。
かさね、と呼ばれた少女の髪は、一房だけぴょこんと跳ねて、その存在を誇示していた。
「あうぅ……ね、寝癖なおすの忘れてましたぁ……」
「くすくす……そのままでも可愛いわよ?」
「笑いながら言われても、説得力ないですぅっ!」
「あ、あらあら、お姉ちゃん笑ってないわよ? ね、ほら?」
「ニコニコしてるじゃないですかぁっ」
かさねは少し涙目になりながら不満を訴えるが、みつなも慣れているのだろう。可愛い妹分のドジに、笑顔を崩すことはなかった。
「ううぅ……」
「ほら、かさねちゃん。直して上げるから、洗面所に行きましょう?」
「でもそれじゃ、朝ごはんの支度が……」
「大丈夫よ。もう後は、お味噌汁だけだから」
「えぇ? みつなさん、早すぎですよぉ。昨日、わたしも手伝うって言ったのに」
「ふふ、ごめんなさいね。じゃあ、最後の味付けはかさねちゃんにやってもらおうかしら」
「はい、がんばりますっ」
「けど。まずは、寝癖を直してからね?」
「う……は、はい。お願いします……」
みつなは火を止め、かさねを連れて洗面所へと向かった。
***
「お布団、干してきた?」
「はいっ。今日は良いお天気だから、すっごいフカフカになりそうです」
「そうね。夜が楽しみになるわ」
かさねの髪をゆっくりと梳きながら、2人は言葉を交わす。
「とかちゃんは?」
「一応見てきましたけど、全然ダメです。グッスリで、まったく起きようとしませんでした」
「いつも通りねぇ」
「ほんとです……」
この場にいない子のしょうもない話をしていると言うのに、かさねの表情にはやれやれと言った色が。対照的に、みつなの顔には微笑みが浮かんでいた。
「朝ごはんの支度が終わったら、もういっかい見てきます」
「ごはん食べてからで良いわよ。じゃないとかさねちゃんも落ち着かないし、そもそも―――」
「とうかちゃん、起きないですよね……」
「ん、そうそう。ふふっ」
みつなのシュ、シュと髪を梳く手が止まる。
「うん、はい。これで良いわ」
「よかったぁ。ありがとうございます、みつなさん」
「それにしても……今日も可愛いわよ、かさねちゃんっ」
「むぐっ……ちょ、み、みつなさんっ。頭を抱かれると、また髪がっ……」
「ぎゅうー」
「むぐぅーっ」
そんなかさねの言葉には聞こえないふりを貫き、ぎゅっと抱きしめる。
「んむむ……ぷぁっ!」
「うーん、よしっ。これで午前のかさねちゃん分は補給できたわっ」
「なんですかそれは……。わたしは、数週間分のおっぱい分を補給できたと思います……毎日補給しているせいで、供給過多です」
「えぇー、気持ち良くなかったかしら? お姉ちゃんのおっぱい枕」
「もう慣れちゃいましたし、息苦しさの方が強かったですから……」
「ひどいっ! お姉ちゃんのことは遊びだったのねっ!?」
「むしろわたしで遊んでいるのは、みつなさんのような気がするのですが」
「あ、そうだわ。朝ごはんの仕上げしないとー」
「……ムリヤリ話を曲げましたね」
「ほら、行くわよかさねちゃーんっ」
「はいはい、いま行きます」
仕方ないなぁ、と息を吐きながら、かさねがみつなの後を追う。
こうして、ここ……たまゆらの宿の1日が、今日も始まった。