「かさねちゃん、かさねちゃんっ」
パタパタ、と言う廊下を小走りする音と共に、みつながかさねの部屋を訪れる。
「んあー? どないしたん、みつねぇ」
「あら、とかちゃん? かさねちゃんはどうしたの?」
「トイレやで。今頃、昨日の晩ご飯を相手にがんばってるんやないかなぁ?」
「けど、かさねちゃんってお通じ良さそうに見えるから、案外スルッて出すんじゃないかしら」
「あー、ありそうやねー」
「ありませんっ! と言うか、なんの話をしているんですか2人ともっ!!」
他人の下品な話に花を咲かせる2人の会話に、部屋の主が割って入る。
「おー、かさちー。手ー洗ってきたかー?」
「なんとか菌がなんとかだから、ちゃんと清潔にしないとダメよ?」
「なんとかが多すぎて、意味が分かりません! と言うかそもそも、してきたのはおしっこですっ!!」
「……やって? みつねぇ」
「あらあら」
「………………あれ?」
チク、タク、チク、タク、とたっぷり5秒は経過しただろうか。
かさねは、自分が言ったことを思い返したのか、みるみるうちに頬を赤く染めて―――
「んみゃあああぁぁぁっっっ!!?」
「おぉ、かさちーが壊れてもーた」
「まぁまぁ、熟れたりんごみたい」
「ち、ちが、ちがぁっ! 今のは、その、おしっ……じゃないですちがいますそーじゃありませぇんっ!」
「別にえーやんか、おしっこしてきたーってゆーくらい。なぁみつねぇ?」
「ふふっ、良いのよ。こうやって恥ずかしがっちゃうのが、かさねちゃんの魅力なんだから」
「うええぇぇ、やだあぁ~~っ!」
「あっ、かさちー?」
いたたまれなくなったのか、踵を返してどこかへと行ってしまう。
「あらまぁ、ふふっ。ほんと可愛いわねぇ、かさねちゃんは」
「まーなぁ。うちもたまらんと思うわ」
「だからこそ、出番が回ってきたのかもしれないわねぇ」
「出番……って、え? かさちーが? もしかして、みつねぇがここに来はったんは……」
「えぇ、そうよ。それを教えようと思ってね。ほら」
みつなの手にあるのは、呼び出しの青い紙。
そこには、彼女達“紡ぎ手”の力が花開く、大切な機会が書かれている。
「おー。ついにかぁ……なんや、先越されてもーたなぁ」
「こう言うのは出会いだから。とかちゃんが急ぐ必要は無いわよ」
「あはは……」
優しい微笑みを向けるみつなに、とうかは苦笑いを浮かべる。
「ま、でもそーゆーことなら、祝ってやらなアカンなっ」
「あらあら、お祝いは終わってからよ?」
「あれ、せやったっけ?」
「ふふっ、そーよ。ほら、だからまずは、一緒にかさねちゃんを探しましょ?」
「かさちー、こう言う時は変な隙間に隠れよるからなぁ……見つけてもすぐ逃げてまうし。捕まえんの、しんどそうやで」
「ん~……じゃあ、一応のために川釣りで使う網を用意しましょうか?」
「おぉ。おもろそうやな、それっ」
「よーし。そうと決まったら、まずはお庭の物置ねっ」
そして30分後。
みつなととうかの悪ノリで捕獲されたかさねは、大きな網の中で、活きの悪い川魚のように、ただ大人しく身を横たえるのだった。