「いやー、おもろかったなぁ……かさちーの網芸、ほんますごかったで」
「なんですか、網芸って! 全然おもしろくありませんよぉっ」
逃げ回っていたかさねが、みつなの用意した大型の魚を捕るための網ですくい上げられた……と言うのが15分前のこと。
突然のことに驚いたかさねは、逃げることも忘れて、しばし網の中で呆然としていたが、ようやく落ち着きを取り戻してノソノソと出てきた。
「もう……とうかちゃんだけならまだしも、みつなさんまであんなこと……」
「うふふ、一本釣りだったわね~」
「そもそも、網で捕まえたろーって言い出したんは、みつねぇやで?」
「……へぇ? そうなんですか?」
「あ、あらあら。そう言えばお掃除が途中だったわ~。あと、よろしくね? とかちゃん」
青いソレをとうかに渡したみつなは、そそくさと居間を後にする。
「……逃げよった」
「もう、みつなさんは……変な所で子供っぽいんですから」
『それはかさちーもやで?』と言いたくなった物の、また一本釣りするのもしんどいし……と判断したとうかは、何も突っ込まないでおいた。
「さっき、なにを渡されたんですか?」
「ん? ああ、これは―――」
みつなに託されたものを取りだそうとした瞬間、ふと別の考えが頭を過ぎる。
「ま、それは後でえーやん。遊びに行こかー」
「え? ちょ、ちょっと、とうかちゃんっ?」
かさねの手を取り、そのまま宿を後にする。
***
「やー。ええ天気やねぇ」
「あの。わたし、繕い物があるので、部屋に戻りたいんですが……」
「えーやんえーやん。少し遊んだくらいで、繕いもんは逃げへんよー」
「いや、逃げるとか逃げないとかじゃなくてですね……」
その後に続けようとした言葉は、しかしとうかの楽しそうな顔に打ち消されてしまう。
「はぁ……で? どこ行くんですか?」
「んー、どないしよか。山のぼる?」
「登りませんっ! とうかちゃんが急かすから、つっかけで出てきたんですよ、わたし?」
「おぉ、ほんまやね。そんなんやと、めっちゃ大変やで?」
「わかってます! だからイヤって言ってるじゃないですかぁ」
「ふふふ、そこは安心するがええよ。なんせ……」
「な、なんせ?」
何か策があるのだろうか。
妙に雰囲気を漂わせるとうかを前に、ゴクリ、と生唾を飲み込むかさね。
「……うちもや!」
ドドーン、と言う効果音でも鳴りそうな大見得を切りつつ、とうかはつっかけを履いた足を見せる。
「知ってます……」
「あ、ほんま?」
「お互いのためにも、やめましょうよ……」
「せやなー」
あっさりと意見を引っ込めるとうか。
別に、なにがなんでも行きたかったわけではないらしい。
「ほなら、アソコいこーや、アソコ。んと……なんやっけ。無料販売所?」
「無人販売所です! 無料販売してたら、お金が回りません!」
「おー、ええツッコミやね。さすがうちが育てただけはあるでー」
「とうかちゃんに育てられた覚えはありません……」
とうかのことだ。どうせ、ボケたわけではなく本気で間違えたのだろう……と考えつつ、かさねは何度目かになるため息を吐く。
「あそこ、座れるトコあったやん。ちょっと、おしゃべりしてこ?」
「ええ、それなら」
変な所でとうかが強引になるのは、いつものことだ。
無人販売所は、宿から歩いて15分くらいの微妙に遠い場所にあるのだが、『山を登るよりは楽』と言う理由により、かさねはふたつ返事で了解する。