「ごちそーさまでしたっ」
「いやぁー、メッチャうまかったなー。もうおなかパンパンや。かさちーから、もらいゲロしそー」
「わたし吐いてませんし、それちょっと食べ過ぎですよ!?」
「あははは、じょーだんじょーだん。軽い屈伸運動ができるくらいには、まだまだよゆーあるで」
「女の子が、明るく言って良い冗談じゃないと思うんですけど……」
ニコニコ笑顔のとうかと、嘆息するかさねという対照的な2人が、広げたお弁当を手分けして片付ける。
「いつもは洗い物に対して全然やる気を見せないのに、こう言う時は率先して動きますよね」
「うちも不思議なんやけど、なんでやろなー? 夏がそうさせるんかな?」
「もう秋ですけど……?」
「じゃーアレや。片付けの秋」
「……とうかちゃんから、ちゃんとした理由が返ってくると思ったわたしがバカでした」
「あははは、かさちーはアホやなー」
「とうかちゃんには言われたくないですっ」
「んむ、いちりある」
「自分で納得しちゃうんですか!?」
寝起き以外は基本的に笑顔を振りまいているとうかだが、どうすれば彼女が怒るのかは不明だ。
いや、そもそも怒るという感情を持っているのかどうかさえ怪しい。
……と、関節的とは言え『バカ』と言われたのにも関わらず、『一理ある』とうなずいてしまうとうかを見つつ、かさねは考えていた。
「ん、しょっ……はい、片付きました」
弁当箱を包んでいた風呂敷をキュッと締めてから、かさねは宣言する。
「この後、どうします? すぐに下山ですか?」
「いやいや、そんな急いだらもったいないやろ? もーちょいこの景色をたんのーせな」
「そーですね。せっかくですし」
2人はひときわ大きくそびえ立つ木に腰掛け、手前の花畑、そしてその奥に広がる森と、霞むほど遠くまで見える地上の様子を眺める。
「もー、この風景も見慣れたなぁ」
「そうですか? まだまだ新鮮な発見があって、わたしは好きですよ。これからの時期は紅葉がすっごい綺麗ですし、今日みたいな日なら……あ、ほら。向こうの街も見えますし」
「え、ほんま? どれどれ?」
「あそこですよ、あそこ」
「ん~……ダメや、わからん。ちょっとかさちー、うちの目玉と交換してくれへん?」
「しませんよ!? そんなすぐ諦めないでください、とーかちゃんっ。ほら、あそこですっ」
「うーん……?」
「んぇ?」
向きを真似ようと、かさねにほっぺたをピッタリくっつけて、指差す方角を見る。
「ん~……あっ、アレか? なんや、寝起きのうちみたいに薄ぼんやりと見えるわ」
「自覚があるなら、キッチリ目を覚ます努力をしてください……と言うか、そこまでしなきゃわからないんですか?」
「かさちーのほっぺはすっべすべやなぁー」
「んにゅ……し、質問に、みゅ……答えて、くりゃしゃい」
街の場所がわかって満足してしまったのか、風景そっちのけでとうかはスリスリと頬を押しつける。
「あはははは、喋り方変になってはるで?」
「とーかちゃんがさせてるんですっ!」
「まーまー。食後なんやから、イライラせんでゆっくりしよー」
パッと離れたとうかは、木の幹に背中を預け、目を閉じる。
「もう……自分勝手なんですから」
「“とうか”の“とう”は、自己中の“とう”やからな」
「全然関係ありませんよっ!?」
「ちなみにかさちーの“ちー”は、“血塗られし過去を持つ者”の略や」
「初耳ですし、そんな過去はありませんが!?」
「まぁ、全部ウソやからなー。あははー」
「…………」
アッサリ冗談と言う事を認められて、突っ込む気力をなくしたかさねは、とうかの隣に座る。
「はぁ、もう……」
その途端、サワサワサワ……と葉を揺らす風が、2人を優しく撫でていく。
「ん~……良い風や」
「ほんと……のどかですねぇ」
「都会の喧噪に疲れた身体には、染みるなぁ」
「わたし達、2人ともこの辺りから出たことありませんが……?」
「例えや、例え」
「は、はぁ」
そうだとしても、なぜそんな設定を選んだのか、かさねは理解に苦しんでいた。
「ん~……うん、よしっ!」
グッと伸びをしたと思ったら、とうかが元気よく声を出す。
「ほんじゃ、そろそろ―――」
「下ります?」
「寝よかー」
「ソッチですか……」
とうかにしては、珍しいくらいにやる気を感じたと思ったが、案の定だった。
「そもそも、とーかちゃんは運動が足りないからここへ来たんですよね? 食べてすぐ寝たら、牛になっちゃいますよ?」
「うち、お乳でーへんけど?」
「出たらビックリします……」
「あはは。まぁえーやんえーやん。昼寝したって、死ぬわけやないんやし」
「それはそうですが」
「だからほら、な? いっしょに寝よー」
「はぁ……はいはい、わかりました。ちょっとですよ?」
登山の疲労が溜まっている上に満腹になったため、正直言うと、かさねにも結構な睡魔が先ほどから押し寄せていた。
「くぅ…………」
「すぅ…………」
目を閉じ、身体中で自然を感じる。
その感覚に、なんとも言えない心地よさを覚えながら、しばし2人は夢の世界へと旅立った。
***
「あかん」
「すー……すぅ……」
少し肌寒さを感じて目を覚ますと。
空はこの世の終わりのように真っ赤に染まっており、同じくカラスも終焉を嘆くようにけたたましい鳴き声をあげていた。
「まさかこれが、血塗られし過去を持つ者……!?」
当然そんなわけはなく、単に夕方を迎えていただけだ。
ちなみに“血塗られし過去を持つ者”ことかさねはと言うと、そんな異名とは裏腹に穏やかな寝顔を浮かべつつ、グッスリと眠りこけていた。
「か、かさちー! 起きてや、かさちぃー!」
「ん、むにゃ……それはお砂糖じゃなくて、お塩ですよ……? ふふふ……」
「寝言でベタなボケゆーてはる!?」
この後、なかなか目覚めないかさねをなんとか起こし、真っ暗になる前になんとか下山を果たした。
……そして帰りの遅い2人には、みつなのお小言が待っているのだった。
(了)