―――と、そんなこんなで30分後。
「つきましたっ!」
「つ、つい……ゼヒュー、ハヒュー、ゼヒュー……つ、つつ、つ……………………ぱたり」
「あれ? とうかちゃん? とーかちゃんっ!?」
大して高くもない……と言うか、ほとんどの人がお遊び気分で登れる程度の山を、満身創痍で登頂するとうか。
普段の運動不足に加えて、お弁当の一件でやる気を失ったこと、それと全力でツッコミをしたことが響いているようだ。
虫の息、と言うよりは、馬の息とでも形容できるほどに呼吸が荒い。
「ゼー……ゼー……あ、あかん……うち、お花畑が見えてるで……?」
「落ち着いてください、とーかちゃん! それ、本物ですっ!」
この山の名物は、頂上に群生している一面の花畑だ。
と言うかそもそも、とうかは以前から何度も遊びがてらココへ来ているので、知らないはずはないのだが。
「あぁ……さくのんとウメさんが、手招きしてはるわ……これが、お迎えなんやな……」
「さくのさんもウメさんも、まだ生きてますよっ!?」
「はは……なんやねん、うち、2人に比べたら、せいぜい10分の1の年齢やで……?」
「そんな訳ないですし、サラッとさくのさんを激怒させそうなことを言わないでくださいっ!」
「ううぅ……さ、最期に、鶏の唐揚げが……食べ、たか、った……がくり」
「そんな脂っこい最期で良いんですか!?」
「すー……すー……」
中空へ伸ばしていた腕がパタリと落ち、息を引き取るかのようにしてとうかは眠りに落ちる。
「……え? あの、ちょっと。わたし、膝枕したまんまなんですけど」
「すー……ん、むにゃ……」
「わぁ…………本当に寝てますね」
あきれ果てながらも、かさねは背負った荷物から四角い包みと円柱形の容れ物を取り出す。
「せっかく頂上まで来たのに……とーかちゃん? 食べないんですか?」
「はむ……あむ……」
「って、着物をハムハムしないでくださいっ!」
寝ぼけているのか、はたまた起きてボケているだけなのか、とうかはかさねの袴を口に含む。
「もぉ……最期に食べたいって言ってた鶏の唐揚げも入ってるんですよ? いーんですか?」
「からあげっ!!」
その言葉に反応したとうかは、目をパッチリと開けながらガバッと起き上がる。
かさねの脳裏には、何日か前に見た朝の光景が映し出されていた。
「食べ物の事になると、いきなり元気になりますよね。とうかちゃんは……」
「あははー、しゃーないやん。花よりネギマやもん」
「ネギマじゃなくて、唐揚げですけど……?」
「鶏肉やもん、同じや同じー」
「本当、大雑把ですよね……」
嘆息しながらも、かさねは用意してきたお弁当の用意をする。
風呂敷をほどき、出てきたお重を開けると―――
「おぉー。なんや、けっこー豪勢やんっ! ご飯2種類とかゆーてたから、全然期待してへんかったのに」
「夕べと今朝の残り物で、誤魔化してますけどね。実際に作ったのは、唐揚げとこの炒め物だけです」
「いやいや、ぜんぜんイーカンジやないの。さすがかさちー! 主婦の知恵!」
「お母さんになった覚えはありませんっ」
しかし実際、そうは言ってもとうかの保護者的存在なのは否めなかったりする。
本来はみつながそう言う役割を担うところなのだが……。
「おかーさん、お茶ー」
「だから違いますって……はい、お茶とお手ふきです」
否定しつつも、ついついとうかのお願いを聞いてしまうかさね。
年下ながら、この面倒見の良さが母親らしさに繋がっているのだろう。
「なぁなぁ、はよ食べよー」
既に持参した箸を右手に持ち、とうかは準備万端でウズウズしている。
「はいはい。それじゃ、手を合わせてー」
「いただきますっ!」
そうして、太陽の下で摂る昼食が始まったのだった。