2016/07/20

秋の味覚、大しゅーかく 弐

「まぁ、別に暇だったから良いんですけど……」
「えへへー。楽しみやなぁ、かさちー」

『別に、1人で行ってこいとは言われていない』と言いたいのか、かさねを引き連れて山へと入るとうか。
ちなみにかさねは、完全に暇だったわけでもなく、苦手な繕い物を一生懸命している最中だった。
それを、とうかが頼み込んで引っ張り出してきたと言うわけだ。

「あの。わたし達は、キノコを採りに来たんですよね?」
「せやでー。キノコ鍋のためにな」
「それなら、ひとつ聞きたいことがあるんですけど」
「うん? どないしたん?」
「……それ」

スッと、かさねがとうかを指差す。
いや……指しているのは、とうかの持つ荷物だ。

「これ?」
「はい。なんですか、それ?」
「なに、って。見ればわかるやん。シャベルやで」
「ええ、そうですね。シャベルですよね。見れば分かります」

自分から聞いておきながら、聞くまでもないことだと納得するかさね。

「キノコ採るのに使うからなー。物置にあって、よかったわ」
「ええ、それも理解できます。できることなら、手を土で汚したくありませんものね」

しかし、彼女が聞きたいのはそこではない。

「あの……それ、雪かきに使うヤツでは?」
「せやなー」

おかしな指摘を、あっさりと肯定するとうか。
……そう、とうかが持って来たのは余りにも大きなモノだった。

「何に使うのか、もう一度聞いてもいいですか?」
「キノコ採りや」
「…………本気ですか?」
「あと、武器?」
「なにと闘うつもりなんですか、とうかちゃんは……」
「こう見えても、うちは毎日が戦争やからな。人生という名の」
「それについては、いつも丸腰の上、負け続きに見えるんですけど」
「おー。上手いこと言いはるわ、かさちー!」
「感心しないでください。あとやっぱりソレ、大きすぎて使い道ないです」
「うんうん、せやなー。わかるで」
「わかってるなら、持ってこないでくださいよ……」
「あはは、ごめんなー? なんかノリで、つい。わざと。うっかり」
「故意なのか偶然なのか、わかりづらいです!」
「あと、愛もあるで」
「キノコ採りには必要ありません!」
「寂しい子やなぁ、かさちーは……」

なんで自分が哀れまれているのだろう……と思いつつも、いつの間にか予定していた場所へ着いていることに気付くかさね。

「あの……この辺りですよね?」

先日、登ったばかりの山の麓側。
獣道を歩いた先の、自然にできたらしき小さな広場で、2人は足を止める。

「そーそー、ココやココ。おいしいキノコと、あぶないキノコがビッシリ生えてるでー」
「危ないキノコはいりませんよ」

背中のカゴを抱え直し、小さな鋤を取り出して、早速キノコ採取の準備を始めるかさね。

「お、やる気十分やね、かさちー!」
「わたしが先に動き出さないと、とうかちゃんはすぐに遊び始めますからね……」
「せやなー。困ったモンやで、ホンマ」
「自分のことですよ?」

うんうん、と頷きつつ、とうかも巨大なシャベルを手に持つ。
その構えは完全に、土地を荒らす猛獣を前にした勇敢な地主だ。
良いのか悪いのか、キノコを採るようにはまったく見えない。

「…………」

恐らく、突っ込んだら負けなのだろうと思ったかさねは、そんな光景を前にしながらも無言を貫いていた。

「んじゃ、しばらく自由行動でえーよね?」
「……ですね。お互いに初めてってわけでもないですし」
「大声で話してれば、熊もトラも近寄ってけぇへんやろ」
「どちらも、この山での目撃例はいませんけどね。特にトラは」

とうかの細かいボケに対して適当に対処しつつ、かさねが主導していく。
半刻……30分ほどの後にココへ集合と約束を交わして、2人は違う方向へと探索に出た。
2016/07/11

秋の味覚、大しゅーかく 壱

「へあ~…………」
「とかちゃん、よだれ」
「…………ンジュルッ」

縁側で、ぼんやり遠くを見つめながら唾液を垂らすとうかを、たまたま通りがかったみつなが注意する。

「なかなか豪快に吸い込んだわねぇ……」
「あははー、あかんあかん。ボーッとして、着物に垂らすとこやったわー」
「よだれくらいなら良いけど……どうしたの、黄昏れちゃって?」
「んぇ? タゴノメ茶? なんや、苦みの中にスッキリとした後味がしそうな名前やね」
「タソガレよ、タソガレ……」

たまに勉強を見てやったりはしているものの、勝手に色々覚えてくるかさねとは違い、とうかにはもう少し厳しく接する必要があるのかもしれない……と、みつなは思う。

「なにか考え事でもしてたの? それとも、向こうの景色になにかあった?」
「んふふ~……ほらみつねぇ、アソコ見て、アソコ」
「アソコ?」

とうかは、遠くの山より若干上の、空辺りを指差している。

「な? なっ?」
「雲……がどうかした?」
「ホラあれ、よく見てやー。なにかに似てへん?」
「なにか? ……って、何かしら?」
「もー。鈍いで、みつねぇ。なにかって言ったら、キノコ鍋しかないやんかー」
「キノコ…………鍋?」

言われてみれば、とうかの指差した辺りには、どことなく鍋のような形をしている雲がある。
が、それは鍋そのものであって、別に中身がキノコと決まっているわけではない。
それこそ、猪鍋でもきりたんぽ鍋でも、寄せ鍋でもすき焼きでも構わないはずで。
……つまり、言った者勝ちにしか思えない程度には、ただの“鍋”なのだ。

「ええと……どうしてキノコ鍋に見えるのかしら?」
「ほら、あのこんもりと盛り上がっている具! 溢れ出しそうな汁! もう間違いなく、キノコしかあらへんよ!」
「そう……なの?」
「もちろんや!」

キラキラと瞳を輝かせながら、楽しそうにとうかは断言する。
とうかがそう言うのであれば、アレはキノコ鍋なのだろう。
半ば勢いに押されてではあるが、みつなはムリヤリそう納得することにした。

「あぁ、もしかしてそんな想像してたから、ついよだれが垂れちゃったのかしら?」
「せやねん……うまそうやったなぁ、あのキノコ鍋……」

まるで恋する乙女のように、憂いを含んだ視線をキノコ鍋らしき雲へ送る。
なるほど、これが黄昏れていた理由なのか……と、みつなは合点がいく。

「なー、みつねぇ……」

たとえしょうもない理由だったとしても、とうかの中に眠る女性の本能がそうさせているのだろうか。
切なそうに瞳を潤ませ、上目遣いでみつなを見つめる。

「…………食べたいの?」

“ハ”の字に下がった眉そのままに、コクリとうなずく。
こんな表情、男性を相手にしたらそれこそイチコロだろうに……と思いながら、みつなは小さくため息を吐く。

「はー、まったく……とかちゃんてば」
「あかん……?」
「ダメとは言ってないでしょ」
「え……? じゃ、じゃあっ」
「そーね、季節のものだし。たまには、キノコ鍋も良いかもしれないわね」
「わーいっ!」

途端に破顔して、両手を天に掲げるとうか。
全身で喜びを表現するその様子に、思わずみつなも苦笑してしまう。

「ただーし、ひとつ条件があります」
「んぉっ?」

ビッ、と人差し指をたて、とうかに突きつける。

「条件……って?」
「お出汁の材料は揃ってるし、お野菜も色々あるのだけど、うちには肝心のキノコが全然ないの。悪いけど、山から取ってきてくれないかしら?」
「おー、そないなことならラクショーやで! ちょちょーっと山からネコババしてくればえーやんな?」
「ネコババ……って、この辺りの山は所有者もいないし、自生してるのを頂くだけだから、盗みにはならないわよ?」
「なるほど、脱法ってヤツや!」
「……合法ね、合法」

言い方ひとつでかなり意味が違ってくるので、そこはしっかりと訂正する。

「ともかく、りょーかいやで。うちに任せてやー」
「食べられないヤツとかわかる?」
「見た目と匂いで9割わかるで!」
「……さすがとかちゃんね」

よくよく思い返してみると、これまでも何度かキノコを採りに行ったことがあったが、確かにとうかの持ってくるモノはほとんど全部が食べられる物だった。
恐らく、この野生的勘は信用しても良いだろう。
残りの危険なキノコも、みつなの知識を使えば避けられるので、何も問題はない。

「それじゃ、お姉ちゃんの方でお鍋の準備を進めておくから。とかちゃんは、材料調達お願いね」

それだけ告げると、みつなはお勝手の方へと向かう。

「よーし、久々に腕が鳴るでぇ……」

スクッと立ち上がったとうかは、意気揚々と廊下の先へと歩いて行った。
そう……玄関とは反対の方向へと。
2016/05/23

山へ行こう 四(完)

「ごちそーさまでしたっ」
「いやぁー、メッチャうまかったなー。もうおなかパンパンや。かさちーから、もらいゲロしそー」
「わたし吐いてませんし、それちょっと食べ過ぎですよ!?」
「あははは、じょーだんじょーだん。軽い屈伸運動ができるくらいには、まだまだよゆーあるで」
「女の子が、明るく言って良い冗談じゃないと思うんですけど……」

ニコニコ笑顔のとうかと、嘆息するかさねという対照的な2人が、広げたお弁当を手分けして片付ける。

「いつもは洗い物に対して全然やる気を見せないのに、こう言う時は率先して動きますよね」
「うちも不思議なんやけど、なんでやろなー? 夏がそうさせるんかな?」
「もう秋ですけど……?」
「じゃーアレや。片付けの秋」
「……とうかちゃんから、ちゃんとした理由が返ってくると思ったわたしがバカでした」
「あははは、かさちーはアホやなー」
「とうかちゃんには言われたくないですっ」
「んむ、いちりある」
「自分で納得しちゃうんですか!?」

寝起き以外は基本的に笑顔を振りまいているとうかだが、どうすれば彼女が怒るのかは不明だ。
いや、そもそも怒るという感情を持っているのかどうかさえ怪しい。
……と、関節的とは言え『バカ』と言われたのにも関わらず、『一理ある』とうなずいてしまうとうかを見つつ、かさねは考えていた。

「ん、しょっ……はい、片付きました」

弁当箱を包んでいた風呂敷をキュッと締めてから、かさねは宣言する。

「この後、どうします? すぐに下山ですか?」
「いやいや、そんな急いだらもったいないやろ? もーちょいこの景色をたんのーせな」
「そーですね。せっかくですし」

2人はひときわ大きくそびえ立つ木に腰掛け、手前の花畑、そしてその奥に広がる森と、霞むほど遠くまで見える地上の様子を眺める。

「もー、この風景も見慣れたなぁ」
「そうですか? まだまだ新鮮な発見があって、わたしは好きですよ。これからの時期は紅葉がすっごい綺麗ですし、今日みたいな日なら……あ、ほら。向こうの街も見えますし」
「え、ほんま? どれどれ?」
「あそこですよ、あそこ」
「ん~……ダメや、わからん。ちょっとかさちー、うちの目玉と交換してくれへん?」
「しませんよ!? そんなすぐ諦めないでください、とーかちゃんっ。ほら、あそこですっ」
「うーん……?」
「んぇ?」

向きを真似ようと、かさねにほっぺたをピッタリくっつけて、指差す方角を見る。

「ん~……あっ、アレか? なんや、寝起きのうちみたいに薄ぼんやりと見えるわ」
「自覚があるなら、キッチリ目を覚ます努力をしてください……と言うか、そこまでしなきゃわからないんですか?」
「かさちーのほっぺはすっべすべやなぁー」
「んにゅ……し、質問に、みゅ……答えて、くりゃしゃい」

街の場所がわかって満足してしまったのか、風景そっちのけでとうかはスリスリと頬を押しつける。

「あはははは、喋り方変になってはるで?」
「とーかちゃんがさせてるんですっ!」
「まーまー。食後なんやから、イライラせんでゆっくりしよー」

パッと離れたとうかは、木の幹に背中を預け、目を閉じる。

「もう……自分勝手なんですから」
「“とうか”の“とう”は、自己中の“とう”やからな」
「全然関係ありませんよっ!?」
「ちなみにかさちーの“ちー”は、“血塗られし過去を持つ者”の略や」
「初耳ですし、そんな過去はありませんが!?」
「まぁ、全部ウソやからなー。あははー」
「…………」

アッサリ冗談と言う事を認められて、突っ込む気力をなくしたかさねは、とうかの隣に座る。

「はぁ、もう……」

その途端、サワサワサワ……と葉を揺らす風が、2人を優しく撫でていく。

「ん~……良い風や」
「ほんと……のどかですねぇ」
「都会の喧噪に疲れた身体には、染みるなぁ」
「わたし達、2人ともこの辺りから出たことありませんが……?」
「例えや、例え」
「は、はぁ」

そうだとしても、なぜそんな設定を選んだのか、かさねは理解に苦しんでいた。

「ん~……うん、よしっ!」

グッと伸びをしたと思ったら、とうかが元気よく声を出す。

「ほんじゃ、そろそろ―――」
「下ります?」
「寝よかー」
「ソッチですか……」

とうかにしては、珍しいくらいにやる気を感じたと思ったが、案の定だった。

「そもそも、とーかちゃんは運動が足りないからここへ来たんですよね? 食べてすぐ寝たら、牛になっちゃいますよ?」
「うち、お乳でーへんけど?」
「出たらビックリします……」
「あはは。まぁえーやんえーやん。昼寝したって、死ぬわけやないんやし」
「それはそうですが」
「だからほら、な? いっしょに寝よー」
「はぁ……はいはい、わかりました。ちょっとですよ?」

登山の疲労が溜まっている上に満腹になったため、正直言うと、かさねにも結構な睡魔が先ほどから押し寄せていた。

「くぅ…………」
「すぅ…………」

目を閉じ、身体中で自然を感じる。
その感覚に、なんとも言えない心地よさを覚えながら、しばし2人は夢の世界へと旅立った。

***

「あかん」
「すー……すぅ……」

少し肌寒さを感じて目を覚ますと。
空はこの世の終わりのように真っ赤に染まっており、同じくカラスも終焉を嘆くようにけたたましい鳴き声をあげていた。

「まさかこれが、血塗られし過去を持つ者……!?」

当然そんなわけはなく、単に夕方を迎えていただけだ。
ちなみに“血塗られし過去を持つ者”ことかさねはと言うと、そんな異名とは裏腹に穏やかな寝顔を浮かべつつ、グッスリと眠りこけていた。

「か、かさちー! 起きてや、かさちぃー!」
「ん、むにゃ……それはお砂糖じゃなくて、お塩ですよ……? ふふふ……」
「寝言でベタなボケゆーてはる!?」

この後、なかなか目覚めないかさねをなんとか起こし、真っ暗になる前になんとか下山を果たした。
……そして帰りの遅い2人には、みつなのお小言が待っているのだった。
(了)
2016/05/13

山へ行こう 参

―――と、そんなこんなで30分後。

「つきましたっ!」
「つ、つい……ゼヒュー、ハヒュー、ゼヒュー……つ、つつ、つ……………………ぱたり」
「あれ? とうかちゃん? とーかちゃんっ!?」

大して高くもない……と言うか、ほとんどの人がお遊び気分で登れる程度の山を、満身創痍で登頂するとうか。
普段の運動不足に加えて、お弁当の一件でやる気を失ったこと、それと全力でツッコミをしたことが響いているようだ。
虫の息、と言うよりは、馬の息とでも形容できるほどに呼吸が荒い。

「ゼー……ゼー……あ、あかん……うち、お花畑が見えてるで……?」
「落ち着いてください、とーかちゃん! それ、本物ですっ!」

この山の名物は、頂上に群生している一面の花畑だ。
と言うかそもそも、とうかは以前から何度も遊びがてらココへ来ているので、知らないはずはないのだが。

「あぁ……さくのんとウメさんが、手招きしてはるわ……これが、お迎えなんやな……」
「さくのさんもウメさんも、まだ生きてますよっ!?」
「はは……なんやねん、うち、2人に比べたら、せいぜい10分の1の年齢やで……?」
「そんな訳ないですし、サラッとさくのさんを激怒させそうなことを言わないでくださいっ!」
「ううぅ……さ、最期に、鶏の唐揚げが……食べ、たか、った……がくり」
「そんな脂っこい最期で良いんですか!?」
「すー……すー……」

中空へ伸ばしていた腕がパタリと落ち、息を引き取るかのようにしてとうかは眠りに落ちる。

「……え? あの、ちょっと。わたし、膝枕したまんまなんですけど」
「すー……ん、むにゃ……」
「わぁ…………本当に寝てますね」

あきれ果てながらも、かさねは背負った荷物から四角い包みと円柱形の容れ物を取り出す。

「せっかく頂上まで来たのに……とーかちゃん? 食べないんですか?」
「はむ……あむ……」
「って、着物をハムハムしないでくださいっ!」

寝ぼけているのか、はたまた起きてボケているだけなのか、とうかはかさねの袴を口に含む。

「もぉ……最期に食べたいって言ってた鶏の唐揚げも入ってるんですよ? いーんですか?」
「からあげっ!!」

その言葉に反応したとうかは、目をパッチリと開けながらガバッと起き上がる。
かさねの脳裏には、何日か前に見た朝の光景が映し出されていた。

「食べ物の事になると、いきなり元気になりますよね。とうかちゃんは……」
「あははー、しゃーないやん。花よりネギマやもん」
「ネギマじゃなくて、唐揚げですけど……?」
「鶏肉やもん、同じや同じー」
「本当、大雑把ですよね……」

嘆息しながらも、かさねは用意してきたお弁当の用意をする。
風呂敷をほどき、出てきたお重を開けると―――

「おぉー。なんや、けっこー豪勢やんっ! ご飯2種類とかゆーてたから、全然期待してへんかったのに」
「夕べと今朝の残り物で、誤魔化してますけどね。実際に作ったのは、唐揚げとこの炒め物だけです」
「いやいや、ぜんぜんイーカンジやないの。さすがかさちー! 主婦の知恵!」
「お母さんになった覚えはありませんっ」

しかし実際、そうは言ってもとうかの保護者的存在なのは否めなかったりする。
本来はみつながそう言う役割を担うところなのだが……。

「おかーさん、お茶ー」
「だから違いますって……はい、お茶とお手ふきです」

否定しつつも、ついついとうかのお願いを聞いてしまうかさね。
年下ながら、この面倒見の良さが母親らしさに繋がっているのだろう。

「なぁなぁ、はよ食べよー」

既に持参した箸を右手に持ち、とうかは準備万端でウズウズしている。

「はいはい。それじゃ、手を合わせてー」
「いただきますっ!」

そうして、太陽の下で摂る昼食が始まったのだった。
2016/05/02

山へ行こう 弐

「あかん、うちはここまでや。無念」
「まだ5分しか歩いてませんよ」

宿を出た2人は、鳥たちの鳴き声に送られながら山を目指していた……の、だが。

「山、遠すぎやで……向こうから近寄ってくれへんかな?」
「そこまでだらけてるから、身体が重くなるんじゃ……」
「もう、ずいぶん長いこと歩いてる気ーするわ。そろそろお昼ご飯やない?」
「だから、まだ5分しか経ってませんっ」

文句を言う割には足取りに疲れは見えず、スタスタと2人は歩いて行く。
なんだかんだ、外で遊び回ることもあるせいか、体力はそれなりにあるようだ。

「なーなー、おべんとーの中身、なに入れてくれたん?」
「はぁ、もう……ナイショです。いま言っちゃったら、後の楽しみがなくなっちゃいますから」
「えーやんえーやん。ちょっとくらい知ってた方が、やる気に繋がるかもしれへんで?」
「むぅ……それは確かに」

顎に手を当て、納得する様子を見せるかさね。

「では、そうですね……ふたつだけ、中身を教えましょう」
「おー、待ってましたーっ」

パチパチと手を叩いて、かさねをはやし立てるとうか。

「まず、ひとつめですが」

かさねなりの演出だろうか、そこで言葉を句切り、溜めを作る。

「ゴクリ…………」

それにまんまとハマったとうかは、唾を飲んでかさねの続く言葉を待っていた。

「………………ご飯です」
「ふつーやん!!」

珍しく、神妙な顔でボケたかさねに、鋭いツッコミを入れるとうか。

「それ、おべんとーに大体入れるヤツやん! むしろ入らないことないヤツやん!!」
「ふふん。慌てないでください、とーかちゃん」
「慌てないでって…………ハッ!? ま、まさかっ!」
「そう、言ったでしょう? わたしは『ふたつ』教えるって」
「おぉ……と、ゆーことは……!」

ご飯、と来たから、恐らくはそれにもの凄く合うオカズを教えてくれるのだろう。
ふたつめへの期待値が、とうかの中でグンッと上昇する。

「ふたつめ、ですが……」
「ゴクッ…………!」

そして、また先ほどと同じく、もったいぶって溜めを作るかさね。
そんな様子に、とうかも再び生唾を飲み込む。

「……………………」
「は、はよ。ふたつめは?」
「ふたつめは…………」

すぅっと息を吸い込んだかさねが、ハッキリと口にする。

「まぜご飯です」
「昨日の残りやん!!」
「山の幸がふんだんに入ってます」
「知ってるわ! 夕べ食うたし!」
「みつばを追加しましたよ?」
「ほぼ変わらんやん! ほんの少しシャキッとするだけやん!」

余りのズッコケ振りに、とうかはダルさも忘れて全力でツッコミを入れる。

「お気に召しませんでした?」
「召す召さへんの前に、まぜご飯で白ご飯は食えへんやろっ!」
「あはは、なにを言ってるんですかとーかちゃん。他にもオカズが入ってるに決まっているじゃないですかー」
「じゃあ、なんでソッチ言わへんの!?」
「ご飯が2種類もあるなんて、普段ないですから。やる気出るかなーって思ったんですけど……あれ? 出ません?」
「…………かさちー、それ本気でゆーてる?」
「? はい、わたしはとーかちゃんみたいに冗談は言いませんよ?」
「天然かいな……」

どうやら本気らしいかさねに、ガックリと肩を落とすとうか。
それとは対照的に、話している内に気分が高揚してきたのだろうか。かさねの足取りは軽い。

「あ、ほら。山への案内板ですよ。もーちょっとで登山道ですっ」
「あかん……さっきより足重くなってきたわ……」
「さぁさぁ、ここまで来たんですから行きましょうっ! たっぷり運動してから、頂上でお弁当を食べましょうねー」
「白ご飯とまぜご飯を?」
「ええ、もちろんっ」
「…………あかん」

お弁当の監修をしなかったことについて、心から後悔するとうかだった。